お久しぶりです。ペンタです。
もはやこの挨拶が板についてきた感がありますね。
たぶん次回の更新時にも「お久しぶりです」から始まることになる予感がしています。
さて、今回は『アステリズムに花束を』というアンソロジーを読んでみたら新しい扉が開けてしまったので、感想を書いてレビュー紛いのことをしてみたいと思います。
アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー (ハヤカワ文庫JA)
- 作者: S‐Fマガジン編集部
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2019/06/20
- メディア: 文庫
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この本との出会い
記事のタイトルにもあるように、『アステリズムに花束を』とは「百合SFアンソロジー」と銘打って早川書房から出版された短編小説(+漫画)集です。
ぼく自身は、特に百合やSFが好きなわけでもないけどどちらも別に抵抗はない、というような人間です。
たまたま立ち寄った書店で平積み&ポップでめちゃくちゃ推されていたので思わず手にとって立ち読みを始めました。
そして、本書の前書きで、ぼくが大好きな伊藤計劃の『ハーモニー』を百合SFのオールタイム・ベスト作品として挙げているのを見つけてしまいました。
買いました。
『ハーモニー』を読んだときには、これを百合としてとらえる発想には至らなかったのですが、改めて言われてみるとなるほどな、と思いました。
大好きな小説の紹介から始まる本とか期待しかないですね?
全体的な感想
読んでみての率直な感想としては、とんでもないものに手を出してしまった…という感じです。
詳しい感想はこれから書いていきますが、とりあえずそれぞれの作品がいちいち濃いんですよ。
舞台設定から作品の中身までとにかく多様です。
ざっと挙げるだけでもこれだけ多彩な設定が集まっている本って、なかなかないのでは…?
まさにカオス。
10人の作家さんが「ぼくのかんがえたさいきょうのゆりえすえふ」を用意して殴り合ってるようなもんです。
もはや作家同士の異種格闘技戦の様相を呈しています。
そして、殴られるのは読者(ぼく)のほうです。
ただ、これだけ多様な短編集であっても、全体としてはどこかで同じ方向を向いているのはすごいなーと思いましたまる
各作品の感想
全9作品の感想を個別に書いていきます。
あまり内容・あらすじを詳しく紹介しないままに、感じたことをとりとめもなく書いていたりするので、何言ってんだこいつ、みたいになると思いますがお付き合いください。
以下、ネタバレとか一切考慮せずにあらすじや感想その他諸々を垂れ流しているので未読の方はご注意を。
『キミノスケープ』宮澤伊織
p.40 あなたはもう、後ろを振り返らない
自分以外誰もおらず、崩壊しつつある世界を舞台に、二人称視点で描かれる作品です。
二人称視点の小説とはどういうことかというと、主人公の様子が「あなたは~した」というふうな書かれ方をしているのです。
しかし、この作品で明確に描写があるのは「あなた」として語られる主人公ただひとりです。
「あなた」である主人公は、自分以外の誰か=「わたし」のメッセージを見つけて、会ったこともないその「わたし」を追って旅を続けます。
この時点でわりと訳がわからないですね。
百合SFという様式でありながら関係性の対象が登場しないという謎。
ただ、作者である宮澤伊織さんのインタビュー↓を読んでみると、こういった作品を「不在の百合」と呼ぶそうです。
なるほど…?わかったようなわからないような…
初っ端からだいぶぶっ飛んだ設定の作品でしたが、個人的にはこの作品に溢れる静けさがすごく好きです。
そして、もし「あなた」というものが本当は存在しなくて、すべて孤独な「わたし」の願望・想像だとしたらそれはそれでめちゃくちゃエモいのでは、と気づいてしまいました。
『四十九日恋文』森田季節
p.51 二十文字じゃ足りないし、二十文字じゃ多すぎる
死後四十九日だけ、死者の意識とメールによってやり取りができることが発見された世界で、何を伝えるかというお話。
メッセージを送れるのは死者・生者それぞれ一日一通まで。
はじめは49文字までのメッセージを送れるが、一日ごとに使える文字数が一文字ずつ減っていく。
こんな制限が設けられています。
この作品は、その発想というか設定が最高ですね。
使える文字数が減るにつれて、言葉から本質的でないものが削ぎ落とされていく感覚がぞくぞくします。
上で引用した一文で完全にやられてしまいました。
あまり多くを語りたくなくなってしまう、とにかく素敵な作品です。
『ピロウトーク』今井哲也
p.73 最悪なのは 最後の瞬間の先輩の寝顔がほんとうに綺麗だったことだ
本アンソロジーにおいて唯一のマンガ枠です。
前世で大切な枕を失くしてしまい眠れなくなったという少女が、後輩とふたりでその枕を探します。
女の子2人で荒廃した世界を旅するという設定なのですが、少女終末旅行を思い出しますね。
発想勝ちというかやったもん勝ちというか、予想の斜め上を行くオチでした。
間違いなくそのオチの着想から出発した作品だと思ってます。
あの流れで膝枕以外の選択肢をぶん投げてくるとは…
面白くないわけではないけど、他の作品が濃すぎていまいち印象が薄い作品でした。
『幽世知能』草野原々
p.106 ここにあるのは、ただ、理解のみ
百合成分でも中和しきれないガッチガチのハードSFにホラー要素が加わった作品です。
というかそもそも中和する気がなさそうに感じるのは気の所為?
他者を理解しようというのは暴力的なことなのではないか。
そもそも自分以外の誰かのことを理解することなど可能なのか。
そんな問いを投げかけてくる、哲学的SFとでも呼ぶべき一作ですね。
正直なところ、難しすぎて途中から理解できていません。
哲学的な部分はまだ分かるんですが、SFの部分でニューラルネットワークがどうとかいう話が出てきて、頭が追いつかなくなりました。
まあ、それでも楽しめたからいいんです。
究極的な理解は相手と同一の存在になること、とする考えにはすごく納得しました。
あと、この作品は描写がグロくて気持ち悪かったです(褒め言葉)
作者の性癖なんでしょうか…
やたらと生々しいグロ描写で、鳥肌が立つくらいには嫌悪感を抱かせます。
もはや才能。
『彼岸花』伴名練
p.155 どうぞ永久に、御機嫌よう
大正ロマン×吸血鬼×S(エス=シスター=お姉さま)という情報量の暴力みたいな作品です。
これは世界観というか空気感がたまらなく好みでした。
憧れの「お姉さま」との日記帳のやり取りの中で、この世界や出来事について少しずつ明かされていくという形式になっています。
この作品は言葉の端々までとにかく耽美です。
格調高い、という言葉がぴったり合うような文章であり、それだけで圧倒されます。
活字なのでもちろん映画のように色はついていないんですが、白黒の世界に赤だけが色づいて見えるような感じを受けました。
作中に出てくる天災というのはたぶん関東大震災のことなのかな…?
歴史改変モノという側面もありつつ、こういったところで史実と合わせてくるのがずるいですね。
この作者の文章が好きすぎて、出版されたばかりの単行本も買ってしまいました。
『月と怪物』南木義隆
p.163 国家というこの世界を我が物顔で闊歩する巨獣が互いを喰らいちぎり、血を流し身もだえするかのような時代にセーラヤ・ユーリエヴナは産み落とされた
物語の冒頭の文章からこの破壊力ですよ。
もともとはpixivの百合小説コンテストに投稿された作品とのこと。
「ソ連百合」というパワーワードとともに、一時期ネットの百合界隈で話題になっていたようです。
個性がぶつかり合うこのアンソロジーにおいても特に異質な存在のように感じます。
もはや、なんでこんなものを読まされてるんだろう、ってくらいにヘビー。
正直なところSF要素としては薄味な感じではありますが、それを補って余りある完成度の高さです。
国家の実験によって主人公が植物状態になってしまうなど、あまりに暗くて陰鬱でやるせない気持ちになります。
ただ、百合としての相手とは精神的な再会を果たしているということで一応はハッピーエンドなのが救いといえるのではないでしょうか。
『海の双翼』櫻木みわ×麦原遼
p.209 言葉には、対となる意味、対象が必要なのだ
老婦人×人外×人工知能の三角関係(?)という情報量の暴力の再来です。
二人の作者による合作という形になっているのですが、どういう分け方をしているのか調べても出てこないんですよね。
老婦人視点と人工知能視点のパートに分かれて描かれているので、作家さんがそれぞれを分担して書いたのかな、とは思います。
さて、読みはじめてすぐ、これ言語論的転回じゃん…ってなりました。
まさか言語論的転回と百合SFの中で再開することになるとは思わなかった…。
こちらの記事でヘキサも言語論的転回に触れていますが、言葉によって世界を分断して規定している、とする考え方ですね。
結局のところ、何かを表現しようと思うと、言葉という枠組みは窮屈すぎるんですよ。
『色のない緑』陸秋槎
p.332 間違ってはいても、慰めの役に立つような答えを
中国人の作家さんの作品を翻訳したものになります。
まったく詳しくないですが、言語SFというジャンルに当たるのかな?
人工知能(特に言語方面)が発達した世界で、ある女性の死を巡って謎を解き明かしていく、というストーリになっています。
間接的にではあれ、発達しすぎた技術・人工知能に殺される、というのが皮肉に満ちていてよかったです。
やれAIだなんだと持て囃されるご時世ですが、そういった社会に一石を投じる作品にもなっているようないないような。
個人的に、技術や人工知能が高度に発達すればするほど、その本質的な部分がブラックボックス化していく、という説明にはかなり納得させられました。
人工知能によって新しい技術が生み出されるようになったら全てがブラックボックス化する、と思うと少しゾッとしますね。
学術的な言葉は正直さっぱりではありましたが、読み終えてからすごく印象に残った作品でした。
『色のない緑』という作品のタイトル自体が作中で重要な意味を持つ伏線になっているというのが粋ですね。
「間違っていながらも正しい言葉」を生み出すのはどこまで行っても人間にしか出来ないんだろうなと思うなど。
『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ』小川一水
p.392 泣いてたら怒りますよ。イカパンチです
宇宙ロケットやら宇宙魚(?)やらが出てくるなど、この本の中で一番わかりやすいザ・SFって感じの作品。
作者いわく「架空ガス惑星辺境文化巨大ロケット漁船百合」らしいです。
なぜ俺は「百合SFお願いします」と言われただけなのに、架空ガス惑星辺境文化巨大ロケット漁船百合なんてものを始めてしまったのか……。
— 小川一水 (@ogawaissui) 2019年5月4日
短編で終わらせるにはもったいないくらいに凝った世界設定だよなー、とか思っていたら、なんと来年に長編として発表されるとのこと。
これは楽しみでしかない。
『アステリズムに花束を』の執筆陣、伴名練さんは『なめらかな世界と、その敵』が出たし、10月には「色のない緑」陸秋槎さんによる青春百合ミステリの大傑作『雪が白いとき、かつそのときに限り』が、来年早いうちには小川一水さんの「ツインスター・サイクロン・ランナウェイ」長篇版が控えています。 pic.twitter.com/qiXwnEHbxY
— 溝口力丸 (@marumizog) 2019年8月29日
この作品ですが、とにかく文章が上手すぎますね。
結構てんこ盛りな設定のはずなのに、水のように入ってきます。
元気系な主人公とクール系だけど熱い相手、という感じで相棒(バディ)ものとしてかなり完成度が高いです。
ちょっとずれた所のある2人のやり取りが楽しくて、無限に読んでいられます。
作り物の世界における作り物の会話であるのはわかっているんですが、やたらと人間味のある会話描写で引き込まれてしまいました。
暗めな作品が多い『アステリズムに花束を』のなかで、とても明るく楽しく読める作品でした。
おわりに
非常に面白い作品が多かったのですが、『四十九日恋文』、『彼岸花』、『色のない緑』が好きな作品ベスト3かなという感じです。
いい意味で直球の百合が少ないアンソロジーでした。
もはや「百合とはなにか」という哲学的な問いを感じざるを得ません。
ただ、この問いに対する答えが本書の前書きに「女性同士の関係性を扱うもの」とありました。
恋愛感情、友情、思慕などである必要はなく、ただ関係性があればそこに百合を見出すことができる、というわけですね。
ちょっと納得です。
アンソロジーというものは今回はじめて買ったのですが、いいですね。
対バン形式のライブみたいな感じで、いろいろな作家さんを知ることが出来て、読書の楽しみの幅が広がります。
ぼくの中で文句なしにお気に入りの一冊になりました。
(ペンタ)
アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー (ハヤカワ文庫JA)
- 作者: S‐Fマガジン編集部
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2019/06/20
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